「このまちフェスタ2022」熱気で盛り上がりました
県議選川崎市高津区、「このまちフェスタ2022」に360人の熱気。小山田大和さんが特別講演。文化と石田和子の県政報告。のずえ県議候補、むねた、小堀市議が決意表明。
ご参加してくださった皆さん、ありがとうございました!
25日、スクラム21の大ホールで、「このまちフェスタ2022」を行いました。台風一過の晴天のもと、大勢の皆さんが参加してくださり、本当にありがとうございました。
フェスタは、広い人たちと、豊かな文化を楽しみたいということと県政報告をすることを狙いに企画しました。
まず二子にお住いのシャンソン歌手紫村千恵子さんの心に染み渡る歌声に会場はうっとり。アンコールの「恋ごころ」はつい口ずさみました。愛の讃歌は聞いていて、ツーと涙が出ました。
小堀市議が、2019年の台風19号の被災地を翌日に、畑野さん、石田さんと現場を視察し、全地域の住民説明会に参加して、被災者の声を紹介し、多摩川の水害対策に力を尽くしてきたことをのべ、来年の市議選で「再び市議会に送って下さい」と力を込めました。
むねた市議は、市民の長年の運動と党市議団の論戦の力で、子どもの医療費助成(通院)について、市長が中学校卒業まで拡充すると表明したことを報告。しかし、市は、窓口での一部負担金は存続の方針で、これを撤廃するため、市民の署名運動がいよいよ大事だとのべ、3期目勝利への決意を示しました。
のずえ県議候補は、「子どもの医療費助成(通院)を県が中学卒業まで拡充すれば、川崎市では高校卒業まで無料にできます」「地域で民生委員・児童委員の活動やボランティア活動をしてきた経験を生かして頑張ります」と気迫を込め、石田県議の議席を必ず引き継ぐ決意を表明し、熱い拍手につつまれました。
小山田大和さんが「気候危機ストップを!」のテーマで特別講演。統一協会と自民党の癒着問題では、「どうも保守がおかしいなと思っていたが、今回こういうことがあって、ズブズブの関係になったら保守じゃなくなる」と厳しく指摘。農業と再生可能エネルギーを結びつけた小田原かなごてファームの活動を紹介しながら、「気候危機」と「ジェンダー平等」を主軸にとらえてやってもらいたい。
エネルギー、水、食料は地産地消で、自分の足元に置かなければ気候危機で生きて行かれなくなる。若者が今、ソーラーシェアリングに興味を持って視察に来てくれる。若者に期待したいとのべ、困っている人に心を寄せる日本共産党に期待し、エールを送ってくれました。
しろたにまもるとゴローちゃんも、腹話術で「国葬」問題や、統一協会と山際大志郎・経済再生担当大臣の癒着を痛烈に、笑いを取りながら風刺しました。私とのずえ明美さんも紹介してくださいました。
最後に私から県政報告を15分間させていただきました。
① 特別自治市構想について、
② 県政は広域性と市町村を支援する役割があると報告。この間、議会質問などで県議団が取り組み、前進してきたこと、そしてコロナ問題でのこれまでの取り組みと課題。
③ 住民要望の実現のために、住民と一緒に畑野きみえ前衆議院議員、小堀祥子市議、宗田裕之市議と一緒に、国交省、県政、市政に要望、交渉してきたことなどを報告。東日本台風の被害に触れ水害対策に取り組んできたこと、上作延地内を流れる平瀬川の耐震工事に補助金に道を開いたことなどを報告。
④ 県議会で野党共闘はどうなっているのかよく聞かれることから、3本の請願や陳情に対する会派の裁決態度を報告しました。国会で野党の共通政策であっても県議会での会派の態度は、賛成は共産党のみで、他は自民党と同じ態度だと述べ、これを克服するには、共産党の議席を増やし、議会の外での運動の広がリが重要だと話しました。
そして来年の統一地方選挙で私は引退させていただくこと、のずえ明美さんのこれまでの活動を紹介し、みなさんの大きなお力で、ぜひ押し上げていただき、小堀市議の再選と宗田市議の3選をと心を込めて訴えました。3人を勝利させて私の任期が終わることを訴えました。
最後に県政と市政に求める要求パネルを持って参加者が登壇し、高く掲げました。
これが写真を見て圧巻だったなと思いました。しっかり受け止め、ぜひ、要求の実現のために日本共産党は住民の皆さんとご一緒に力を尽くします。
紫村千恵子さん、小山田大和さん、、城谷まもるさん、出演のお願いにすぐさま快諾していただき、本当にありがとうございました。素晴らしい内容で感動を呼びました。
保育園時代の仲間の皆さんが大勢来場してくれました。20代で初めて務めた高津保育園時代に担任した直人くんのお母さん、50年ぶりです。35年前に一緒に働いたT園長先生には30年ぶりに懐かしかったー。40年前の保育園の後輩の保育士などなど、本当に皆さんありがとうございました。29年間、公立保育園で共に、良い保育をしようと、学び、運動した仲間です。
議員になってもライフワークは保育問題でした。私の最後の代表質問も長年の悲願である保育士の配置基準の引き上げでした。知事の答弁ひどかったのですが、言いたいことは言いました。バトンを渡します。国会でも共産党議員の追求始まっています。
実行委員会の皆さんを中心に、当日の要員の人もきびきびと盛り立ててくれました。充実した気持ちで終わることができ、みんなで喜び合いました。
この力を統一選挙に向けて頑張っていきます。